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2-64 終わり

***64*** 

朝子が目覚めると、目の前に有芯の優しげな顔があった。彼女は驚き、おかげで瞬時に目が覚めた。有芯って・・・こんな大人の男みたいな顔をする奴だったっけ?

目を見開き、言葉もなくただ自分を見つめる朝子に、有芯は静かに言った。「おはよう」

朝子は平静を装い言った。「おはよう。・・・いつから見てたの?」

有芯は優しい目で朝子を見つめたまま苦笑した。「一晩中ずっと」

「・・・・・嘘?!」

「嘘。本当はさっき起きた」

言うと、有芯はベッドから起き上がり、一人バスルームに消えていった。

有芯は上半身裸だったが、下はちゃんとジーンズを穿いていた。朝子はというと、昨夜から変わらず、何も身につけていない。

朝子は思った。有芯・・・さっきの、本当に嘘? ・・・それとも、私の考えすぎ?

少しだけ覚えてる。夜、眠りが浅くなるたびに、寝返りをうつ私を抱き寄せてくれた腕、優しく髪を撫でてくれた手、ためらうように、そっとそっとキスをしてくれた唇―――。

朝子は裸のままベッドの上に座り、自分の唇を指でなぞった。その瞬間、はっきりと思った。

このまま離れるなんて嫌・・・!! 何もかも話そう、有芯に全部。

その時、有芯がタオルで頭を拭きながらバスルームから顔を出した。朝子は弾かれたように立ち上がり口を開いた。

「有芯、私―――」

「先輩、風呂空いたよ。シャワー浴びる?」

その“先輩”という言葉を聞くと、朝子はそれ以上何も言えなくなってしまった。彼女はのろのろと有芯に近づき、洗面台の前に立っている彼を両腕で強く抱き締めた。

「有芯、抱いて。・・・もう一度だけ」

有芯は態度を決めかねたようにしばらく朝子の髪を撫でていたが、やがて深いため息を一つつくと、彼女の肩に手を乗せ、ぴったりとくっついていた身体を離した。

「・・・・・・・ごめん。嬉しいけど、きりないから、やめとく」

朝子の身体はがくがくと震えた。「・・・わ、かった」

「今度、今のセリフをおかずにマスターベーションするよ」

有芯は言った。それが、彼にできる精一杯の強がりだった。

それを聞いて、朝子は目に涙を浮かべて笑った。それが、彼女にできる精一杯の強がりだった。

有芯は淡々と身支度を整え、朝子は呆然としたままのろのろと服を着た。

「あいつらもういないとは思うけど、念のため俺が先に出るから、先輩は時間差で出てくれ」

「・・・うん」

有芯は苦笑すると、朝子の頭にポンと手を乗せた。「そんな顔すんな。俺の知ってる先輩は、見てて気持ちいいくらい清々しくて強い女だったぜ」

朝子は顔を上げた。私・・・そんな女じゃない。そう思っても、何も言えない。涙すら出ない。

「・・・じゃあな」

有芯がドアノブに手を掛けた。ドアが開いた瞬間、朝子が有芯の手を握り、彼は振り返った。

無言のまま二人の指が絡み合い、ドアが音を立てて閉まったとき、有芯が繋がった手を引き寄せ、二人はキスをした。

それは今まで交わしたどのキスとも違っていた。二人の言葉にならない悲しみや絶望が交錯する、身の裂かれるようなキス。

キスの終わりが関係の終焉だと知っている二人は、求め合う気持ちをどうすることもできず、ただの一時と知りながら、唇を重ねるしかできなかった。

やがて有芯は、ゆっくりと唇を離した。絡んでいた指が解け、有芯は囁いた。

「さよなら。朝子、先輩」

有芯は朝子に背を向け、ドアを開けた。次にドアが閉まったとき、もう有芯は朝子の前から消えていた。




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